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いつものように、空気がしっとりとした 空に曇の多い時間。

たくさんの書類とにらめっこをしてすっかり疲れ、
欠伸をかみころしながら ひとりの軍師がその部屋に入っていきました。

見ると、部屋の真ん中に ふたりの兄弟が向かい合って座っていました。






兄は軍師に背を向けて 猫背にあぐらをかき、
弟のほうは他人よりちいさな両手を床にぴったり付き、前屈みに正座をして兄の手元を見ています。
弟が頑張って見つめているその兄の手元は、軍師には隠れてみえません。


軍師はぐるり丸をえがいて兄弟の横に歩き回りこみました。
ちょんと背筋をかがめると、軍師が声をかけるより先に、兄が やあ軍師殿、と声をかけてきました。
軍師も、こんにちはと微笑みます。


兄の組んだ足元、弟の興味の先には、
「黄味がかった白色の、ふちが少し削れた 鶴」が置いてありました。


兄は、だれかに誉められた時のような、恥ずかしい笑顔でいいました。
蔡倫という宦臣は立派なお方です。
紙が、筆記具として竹や木より優れているところは、保存の場所に困らないだけではないのですね。
こうやって、折って重ねて形を変えてしまえば、簡単に鶴を生み出すことも出来るんですよ。


そう言って、鶴を壊れない程度に指でいじりました。
ちょっと強くもてあそぶたびに、弟は 悲鳴に近い短い声を出します。



軍師は口を緩めて言いました。
(貴方は鶴がとてもお気に入りですね?)


ふられた彼は頬と耳を桃色に染めて、もぞと言葉を出します。
(兄上がまるで、仙人みたいに見えて。すきです。)



それを聞いた兄は、弟よりもっと顔を明るく染めて笑いました。
(仙人、か。それはいいね。
しかし、それほど誉められたものではないな。
お前たち他の兄弟が、外で父上に槍を仕込まれているときに
それをこっそりさぼって身に付けたことだからね。)


兄が申し訳なさそうに頭をかくと、軍師と弟は目線の高さの違ったその目を合わせて、
申し合わせたように笑いました。


悪戯っぽく、軍師が言います。
(そういえば貴方のお家は、兄弟が五人ほどいましたね。
皆それぞれ真面目だと聞いていましたが、なるほど「それぞれ」お真面目なことです。)


今度は兄が顔いっぱいに笑いを広げました。






それから、話が雰囲気に乗って、転々と 
軍師の兄弟に移り、
ちょっとした昔話に移り、
国のちがいと乱世のことわりに移り、
中華大陸の広さに移り、
北と南の食べ物の違いに移り、
自分たちの味の好みに移りました。






扉の向こうから、ききなれた声が お食事の準備が出来ましたよ、と告げるまで、
手の中の羽扇を時々もて遊んではぴんと直していた軍師も、
猫背にあぐらを揺らして熱心に話こんでいた兄も、
余った膝を両手に抱えて ふたりの良い聞役に回っていた弟も、

さっきまで雲がいっぱいを覆っていたはずの天が、あかくあかく、
国自慢の蜀錦の赤よりもあかく染まっていたことに気付きませんでした。



もうそんな時間ですか、と誰ともなく言うと、三人が重い腰をやっと上げました。


こつ、と その拍子に、兄の足元に何かが当たります。
それを見ると、「黄味がかった白色の、ふちが少し削れた 鶴」が、床にちょこんと腰かけていました。


兄は「黄味がかった白色の、ふちが少し削れた 鶴」を人指し指と親指でひろいあげると、
すっと弟の目線に持ち上げました。


軍師は声のした扉にひとり歩いていきます。
ふたりが動かないのを見ると、羽扇をふわと口元によせて、扉の近くに立ち止まりました。



兄は、ほとんど口を動かさずに言いました。
(お前は、仙人みたいだ、って言っていたけど…うん、それがいい。
みたいだ、でいいんだ。
もし、仙人だったとして――本当に鶴を生み出せるとして――それはなんなんだろうね?)

弟が言葉を続けました。
(その仙人は―――
不思議だ、と人に言わせます。
不思議だ、と人に恐れさせます。)


(じゃあ鶴は?)


(――鶴は、飛び出ちます。
どこかで地面に着いて、ご飯を食べて、家族をつくって、年をとります。
でも、)



(でも、そんなにうまくはいかない。
地面に着いた途端、縄張りを荒らされて怒った他の鶴に殺されてしまうかもしれない。
ご飯の捕り方がわからなくて…今までそんな世界で生きていなかったのだから…
飢えてしまうかもしれない。
本当の鶴としての機能が不十分で、子供がつくれないかもしれない―――)




そこまで言うと、兄は「黄味がかった白色の、ふちが少し削れた 鶴」を弟の手に渡して、
軍師のいるほうへ足を向けました。



2歩3歩と弟から離れ、そのまま、軍師と扉を追い越しました。






兄が背中で言いました。
(たかのぞみは、しないほうがいいんだ。
考えるのは楽しいけれど、それはは 楽しい部分しか考えないからだよ。
生きられない鶴をつくるより――鶴が生きられる場所をつくるほうが、
少なくとも私には楽しいことだな。)



兄は、軍師と弟のほうに振り向いて言います。
(今日はとてもたのしかった、時間を忘れて話しこんだのは久々だったよ。)




軍師はさりげなく兄に追いついて、一緒に歩きはじめました。
部屋から、扉から、ふたりの姿が消えていきました。


ひとり残った弟は、3回のまばたきの間 手の中の鶴をじっと見つめ、
それから鶴を窓に飛ばし、赤い光の中に吸い込ませました。



鶴は、風に揺られて ふわふわふわふわと、まるで生きているかのように飛んでいきました。



弟は、ふたりを追って部屋からいなくなっていました。





鶴は、ただ赤い空に向かって ひとり進んでいきました。
























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目次にも書きましたが、登場人物は孔明と馬良と馬謖でした。
本当は匿名にして本文でなんとなくわかる感じにしたかったのですが、
蜀には関羽&張飛という有名な兄弟がいるので
どうしても兄弟っていうとそっちになるかなーと思って、目次に名前入れてしまいました。

なにか話を書こうとすると、どうしても実際にあった出来事とか
史実上有名なストーリーとかそういうものを照らし合わせて考えてしまうので
今回はそういうのナシで、THE日常を書いてみようと試みました。
んで、THE日常なら誰がいいだろう?というところ、
三人が三人とも何かしらのことわざになっているくせに
割と性格が素朴(だと勝手に思ってる)な、この三人になりました。

ナチュラルに 親友・師弟・実兄弟をお互いに決めてくれている
嬉しいこの三人に拍手。
(孔明と馬良は 義兄弟 っていう説もあるけど個人的に 親友 のほうが好み…)



喫茶店にあるペーパーナフキンとか、そこらのハンカチとか、
そういう すぐに捨ててしまうものとか崩れてしまうもので
鶴なりやっこさんなりを折ってく人がいるじゃないですか。
それが個人的に好きで。
そんなとこからなんとなく思いついた話でした。

関係ないですが、私めとんでもないぶきっちょで鶴が折れませぬ!
馬良兄さんうらやましいぞ…