ふと気付くといつの間にか、街はずれのモーグリの集落である森に来ていた。


「坊やっ!」



モーグリの家である一本大きなの木の根元から、
アウラたちの姿を見つけた一匹のモーグリが飛び出してきてアウラの足元にしがみ付いた。

アウラが慌てて子供を返してやると、しきりに何度も礼を言って家の中に戻っていき、
そんな様子を見て良かったと心の中でアウラは安堵した。






そして、残ったのは自分とこの無口な男一人。


いまだに肩を抱かれていて男の傍から離れることが出来ず、
仕方なく先程からの男の行動について不思議に思っていた事を尋ねてみる。


「どうしてさっき親のところに返すって言わなかったの?
そうしたら私だってすぐに渡したし、あの子だって安心したのに。」

「・・・・・。」





アウラの問いに男は視線を合わせはするが、答え様とはしない。
その様子にアウラはイライラしてきた。


「アナタのその口は飾りなのっ!?
ちゃんとはっきり言ってもらわないと相手に何にも伝わらないんだからっ。
子供じゃないでしょっ。言葉を話して。」


アウラの剣幕にひるんだのか、男は目を丸くし、始めて表情らしきものを見せた。
そして数度、迷うように口を開いてから言葉にした。



「・・・雨に濡れる。」


「え?あっ・・・。」




気付けば男に訴えるのに必死だった所為か、いつのまにかマントから出ており、
今だ降っている雨に打たれていた。男はそれを告げるとアウラをマントの中へと引き戻した。



「・・・ありがとう・・・。」





まさか男が自分の事を気遣ってくれているとは思わず、
今まで一人で怒っていた自分が酷く恥ずかしい。
そういえばモーグリを連れていたときでも、何度も何度もマントの位置を直していた。
あれは自分達を冷たい雨に濡れないようにしていてくれたのだ。






「・・・俺は・・・。」

「・・・何・・・?」




アウラを促して巨木の下に移動し腰を下ろしてから、男はもう一度言葉を発した。

アウラはその言葉を邪魔しないよう、横に座りそっと話の先を促した。



「俺は人とあまり話す事が無い。だから人との話し方が良く分からない。
話しても上手く説明できないと思ったから、直接見せた方が良いと思って連れてきた。」



男は淡々と先程のアウラの問いに答えていく。

その表情はなんとも読み取れないがその表情に寂しさを覚えて、
アウラは男の手を取り、両手で包み込んだ。

男は驚いたような顔をしたが、アウラは微笑みかけ、
両手をそのまま祈りを捧げるように目の前に掲げた。


「それでも・・・・・・。話し方が分からないとしても・・・・・・・・、言葉にするのを止めたりしないで。
それは分かり合おうとすることだから。どんなに人と関わりを持たないようにしたって、
人は一人では生きていけないの。ううん、もしかしたら生きて行けるのかもしれない。
でも決して、その人は強くはないわ。自分が壊れる事に怯えてしまうもの。
ずっと恐れを抱いて生き続けるなんて・・・辛いもの・・・。」

「・・・そうかもしれないな・・・。」



男はアウラの手を解き、自分が立ちあがってからアウラも立たせた。

「送っていく。」

男は再びマントを広げアウラを包み、家はどこかと尋ねる。

アウラは素直にそれに従い、家の場所を告げた。



「・・・・ありがとう。」




男のソデを掴み少し俯き気味に言った感謝の言葉は、男に聞こえなかったのかもしれない。
もしかしたら、男が返事に困っただけだったのかもしれないが。 

アウラはそれで良かった。


一人の男とその暖かさだけで、自分はこの雨の中で落ち着いて安心していた。

そして雨の中、二人は街の中へと帰っていった。



















「そんなこともあったな。」

窓辺に座る男へと、煎れた紅茶を持ってきたアウラの思い出話に、
男は外の雨を見つめたまま相槌を打った。


「もうずいぶんと前のような気がするけど、まだそんなに経ってないのよね。」

今じゃ側にいるのが当たり前なってるのにね、とくすぐったそうに笑いながら男の横に座り、
湯気が上がるお茶をすすった。

あの時のモーグリはよほどアウラが気に入ったのか、ちょくちょくと顔を覗かしに来る。
何だかんだ言っては男もかまってやっている。

男は外を見るのを止め、アウラを抱き寄せて後ろから抱き込んで、その背中に頭をのせる。




「どうしたの?」

「・・・俺は・・・雨が嫌いだった。」

「・・・・うん。」


ポツリと話し始めた男に、アウラは滅多にないことで驚いたが、相槌を打つ。


「お前に会ったあの時も、本当は雨に降られて少しいらだっていた。
・・・雨は・・・孤独を強く感じさせる。・・・そして雨は血の匂いも思い出させる。」




男が言わんとしているのは、恐らく幼少期のことだろう。
男から少しだけ聞いた幼少期は、誰からも必要とされず、むしろ邪険に扱われ、
全てを諦めるようになっていたというものだった。

雨の日などは家に一人きりで、
雨の音だけの静寂の中で膝を抱えなければならなかったのかもしれない。
それは、子供でなくとも孤独を意識してしまうだろう。

そして大人になってからも、戦士として戦場に赴き、
最強の戦士であるが故に人をゴミのように大量に殺さなくてはならず、
むせかえるほどの血の匂いの中で一人になる。

雨が降れば土が濡れ、街が濡れ、金属が濡れ、全てから微かとはいえ、
血に近い匂いがするのだ。








幼いときからの孤独。




強くなってからの孤独。







どちらをも思い出させる雨は、男にとって弱さの象徴なのかもしれない。


「それでも・・・今は嫌いじゃない。いや、好き・・・と言えばいいのか。」

「・・・・今は好き?どうして?」


男の痛ましい過去に思いをはせていたアウラは、意外な言葉に振り向いて男の顔を見る。
男ほどの孤独を感じたのだとしたら、一生嫌悪感や憎しみ、
疎ましさを抱いたとしても当然だろう。それなのに男はその雨を好きだという。

不思議そうなアウラに、男はふっと目を柔らかくしてアウラを自分の膝の上に横抱きにし直す。
そしてそっとアウラの頬、瞼、鼻、額へと次々に顔中に口付けていく。

アウラはくすぐったさにクスクスと笑みをこぼした。



「今はもう一人じゃない。そしてあの日々があったからこそ、なおお前が愛しい。
どれだけ大切か分かる。今は雨が降っても思い出すのはお前のことだ。だから雨は好きだ。」



優しいが、真剣な男の澄んだ瞳が揺るぐことなくアウラを映している。

アウラはその視線と言葉に、目を逸らすことも声を出すことも出来ない。




「何故泣く。」

頬を指で拭われて始めてアウラは自分がいつの間にか涙を流しているのに気づいた。
心配そうな色を浮かべる男に、アウラは慌てて笑顔を作る。


「ごめんね。何か、すっごく嬉しくて・・・。」


涙を拭おうとしたアウラの手を取って、男はその指へと口付け、涙もそのまま唇で拭う。
そして唇をアウラのそれにそっと重ねた。

唇が離れてアウラが伏せていた目を上げると、最高に優しい目をした男に見つめられていた。

「俺も凄く嬉しい。これからもずっとこうして雨を眺めて過ごそう。そうしたらきっともっと嬉しい。」

男の完全に笑顔と呼べる表情と不器用な故に真っ直ぐな言葉が、
アウラの心の奥底に届いて幸せを込み上げさせる。


「そうね。そうなったら嬉しさから幸せになるものね。」



それは男の立場から考えれば確かな未来にはならないけれど。






アウラは男の手を取って、指を絡ませる。










外の雨はやんではいないし、弱くなってもいない。
日も差していないし、心地いい風が吹いているわけでもないけれど、
それでも二人でいるというだけでこんなにも暖かい。

それは始めて出会った時の、マントの中で感じた気持ちによく似ている。

きっとこの雨も明日にはやむだろう。

そしてやまない雨がないように、完全には無理でもこの暖かさの中で孤独は癒されていく・・・。












二人は降りかかる悲劇まで、お互いに幸せを噛み締め日々を過ごしていった。


















END